オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
少し前の新聞に興味深い記事が載っていました。
「言葉による表現にのみ可能なメタファー(隠喩)という機能について」
ちょっと難しく感じますが、活字文化は映像では表現できない豊かな表現であるという内容です。
少し抜粋してみますと

――例えば我々は、言葉によって、「雪のような白い肌」という表現をすることがある。
この言葉における「雪のような」という表現がメタファーなのであるが、このような表現は言葉にのみ可能で、映像では不可能である。
(中略)
メタファーとは、わかりやすく言えば「たとえ」のことであるが、詩的な表現はメタファーによって成立している。
そして人間はメタファーを駆使することによって新しい言葉を創造し、新しい概念を創り出してきた。そのことがまた、新しい文化の創造にもつながり、人間に進歩をもたらした。
(中略)
だから、活字文化の代表である本を読まず、映像文化にのみ接していると、メタファーという能力を失ってしまう。
その結果が何をもたらすか。先の指摘でも明らかだが、新しい言葉や概念の創造という能力を失うことにつながっていくのである。
[上智大学文学部教授:植田康夫氏]

筆者は映像、音楽、それぞれの核にあるものは想像力でありその中心は活字文化であると言っています。
考える力の原点は読解力です。読み解く力から音楽や映像は生まれている。
切っても切り離すことはできない関係である活字文化の衰退は、ひいては音楽、映像の世界が衰退することにもなる。

また世の中が殺伐とし意味の無い残虐な犯罪が増えてきた一つの原因として「考える力の低下」があると別の記事では指摘されていました。
気持ちを整理する力がないために“キレる”というたった3文字の言葉で表現されてしまう感情。人間の感情はもっと複雑でもっと繊細なものであるはず。人間が文字を使うようになってから人間社会は豊かに発展してきました。
その原点は想像力であり、想像力から文化が生まれてきたことを考えると、子どものうちに読書の習慣を身に付けることがいかに大切であるか。内面の成熟した人間を形成するためには読書の大切さをもっと認識していかなくてはいけないと感じました。












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://usastreet.blog42.fc2.com/tb.php/84-12ae98ee

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。