オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

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なんか連日フィギュアの話題で申し訳ないのですが。相当長い文章なので、興味のない方はこの記事は飛ばしてください。

日本のマスコミの記事の紹介があまりにも・・・なので悔しい。
プルシェンコが銀メダルだったことが不服で採点方法に物言いをしている、みたいな書き方&日本のコメンテーターの意見を見聞きしますが、これってどうなの?

プルシェンコがジャンプだけの選手とでもいいたいの?

バカ言わないでほしい。
プルシェンコが活躍していた時代の男子フィギュアは、今と比べてどれほど面白くレベルが高かったか!どの選手も技術、表現を追い求めて切磋琢磨してましたよ。
一度引退した世界に戻ってきてまで、そして以前のような滑りが出来ないとわかった上でオリンピックに出たのはなぜか。
ひとえに今のフィギュア界に危機を感じているから以外の理由がありますか!
彼は現役時代のほとんど、必ず表彰台に上っていました。それもほとんどが一位です。
しかし長年の選手生活で身体に支障が出て引退したのに、3年のブランクを経て戻ってきてもオリンピックで銀メダルを獲れてしまうのです。
これは彼の技術が衰えていないということではなく、男子フィギュア界の技術が衰えたという証拠です。
フィギュアを深く知らない人ならまだしも、少なからず関わって仕事しているはずのコメンテーターがよくもこんなことを言えるもんだと開いた口が塞がりません。
4回転に意義はないとか・・どの口がそんなことを言うのか!
今回金メダルを獲ったアメリカのコメンテーター(元メダリスト)でさえ、この採点方式には異議を唱えています。挑戦し、そして成功した選手が正しく評価されず、また表現を重視するならば順位が上がっていいはずの選手も評価していないのはおかしいと言っています。

そもそも新しい採点方法は、こんな流れを目指して取り入れられたものではないはずです。
ソルトレイクでの疑惑の判定(ノーミスで滑ったロシア、スルツカヤの演技に極端な低い点がつけられ、アメリカのサラ・ヒューズが金メダルを獲得。完全なるアウェーとは言え、スルツカヤのそれは誰もが納得のいかない点数だった)を経て、選手の演技を客観的に正しく平等に評価するために改善されたはずです。
それが今や難しい技に挑戦するリスクよりも、演技構成の完成度を高めれば点数を稼げる方法を選ぶなんて。
難しい技に挑戦し、さらに完成度を高めて行くのがスポーツなのではないのですか?
技術と表現、どちらも求めるのがフィギュアスケートです。ですが今の採点方式では、そのどちらも高めることが難しくなっている。
それは勝つために挑戦することを躊躇する、より高度な技術の習得を捨てる選手が出てきたからです。そしてそういう選手たちが、以前の高いレベルを持っていた選手以上の高得点を叩き出している現実があるからです。
ミスなく滑ることと芸術性は別の話です。一流の表現力とはより高いテクニックから生まれるもの。むしろ表現力を高めるためにテクニックの習得は切っても切り離せないものであることは、他の芸術から見てもわかるというもの。

「わざわざリスクの高い技術を習得しなくても、わたしは今の技術を完璧にこなせばトップになれるのだからその必要はない」

とキム・ヨナ言った。わたしはこの言葉で彼女を応援する気持ちがなくなりました。スマートで洗練された彼女のスケートの魅力が半減どころか、完全に消滅しました。
そんな発言を認めているとしか思えない結果に、今までのようなフィギュアへの熱が持てなくなってしまったのは事実です。
すべてのコンポーネンツを完璧に仕上げることは並大抵の努力ではないことは認めます。それも本番で取りこぼしなくすべてを出し切るには、どれだけの練習と心の強さが必要か。
しかしトップに立つ人間はそれだけではいけない。王者は常に戦わなければならない。誰も挑戦しないことに挑まなければならない。トップであり続けるために進化を止めてはいけない。それが王者なのです。そして、その姿に人は感動し、憧れ、尊敬を抱くのです。

ひとつ嬉しいことは、日本のほとんどの若い選手にその心意気を感じること。日本フィギュア界の層の厚さは、この心意気の賜物なのだと思う。
願わくば、これが後続の選手たちにも、そしてシングルだけでなくペアやアイスダンスにも広がってほしい。そして世界に肩を並べられるフィギュア大国へと成長してほしい。今はまだ発展途上で常に挑戦者の彼らではあるけれど、懸命な姿に心が熱くなります。

今回、浅田選手のコーチ、タラソワ氏が「鐘」という、およそ彼女の持ち味とは異なる曲を提案したという真意を知りました。
この曲の持つ、重々しく静かな空気。浅田選手に王者に必要なカリスマ性、圧倒的な存在感、音楽の表現、さまざまな要素を身につけさせる為だったと言います。彼女はまだ若い。未来のフィギュア界を背負う逸材であるとの期待がこの曲に象徴されているのだと。またその意味をよく理解し、苦手を克服すべく挑み続ける浅田選手に一流選手のプライドを感じずにはいられません。

より難しい技術への挑戦と表現力の追求。

これしか現在のフィギュア界を救える道はありません。
そしてそれを訴えたのがプルシェンコという人なのです。
ヤグディンとプルシェンコ、この二人が男子フィギュア界のレベルを一気におし上げたと言っても過言ではありません。
彼らを目指してたくさんの選手が日々切磋琢磨していました。少なくとも過去の選手たちはそうしなければ王座には登れなかった。

「3年休んでいたけど優勝できて良かった」

復帰したヨーロッパ選手権で彼は言ったそうです。
横柄だと思う人は彼のスケートを知らなさすぎる。きっと過去のフィギュアをご存知ないのでしょう。
彼のスケートは常に挑戦だった。圧倒的な強さを見せていてもそれをやめなかった。むしろ彼のスケートはアスリートとしての限界を超える闘いの象徴だった。
彼が帝王と言われるのは、そのような姿勢にある。

自身の衰えは誰に言われなくても自分が一番よくわかっているはず。3年遠ざかっていた自分が優勝できてしまう今のフィギュア界はおかしいってことを身を持って示した。
現在~将来のスケート界をけん引していく選手が不足しすぎていること。スケートを愛し、後輩を育てている彼だからこその訴え。
この声に耳を傾けないのは、フィギュアに関わっている人間とは思えません。オリンピック1回限りの問題ではない。重要な問題です。
挑戦なき世界にに発展はない。
以前ならライバルがたくさんいた。でも今は彼に敵う選手は正直いないと思う。それはものすごく孤独な戦い。そんな中でボロボロになった身体をさらに酷使するのかと思うと、わたしは正直やめてほしい気持ちが大きい。
だけど彼が現役復帰しソチ五輪に出場すると宣言した背景には、後続の後輩たちへの奮起を願う気持ちがあると思わずにはいられません。
そこまでしても訴えたい彼の想い。彼のやろうとしていることはとても厳しい道だということだけはわかるから。
どうか優れた若い選手が現れて、彼を真っ向から追い抜いていって欲しい。それを一番望んでいるのは彼自身なのかもしれない。
世界の元一流選手たちが高橋大輔に期待するのも、浅田真央を高く評価するのも、ひとえにその心情の表れにほかならないと思う。
優れた後輩の出現。これほど幸せな交代はないだろう。次世代へのバトンタッチは、王者であるからこその願いでもあるのだと感じずにはいられない。

ありがとうございます、これを読めて嬉しかったです。リレハンメル以降のフィギュアファンです。

プルシェンコの意図を理解しているファンも確かにいて、今や採点方法に疑問を持つ人は世界にも多いと思っています。
誤解したままプルシェンコを嫌な奴という人もいて、態度だけ見ればわからなくはないけれど…悲しいですね。

今日の女子SP、あの完璧な浅田真央ちゃん以上の点数が出てしまう汚さ(と私は思っています)…まともな得点とは思えませんね。裏にうごめくものが恐ろしい。
歴代トップスケーター達や海外の評価は真央ちゃんが上と聞きます。本当に難しい演技をこなしているのは誰か?公平なジャッジをしていればわかるはずなのに…。

プルシェンコや多くの意見を無にしないで欲しいですね。
長々と失礼しました。同じ意見の方に出会えて嬉しかったです。

2010.02.24 13:53 URL | フィギュアファン #- [ 編集 ]

こんばんは!
コメントありがとうございます。
リレハンメル五輪はこれまた印象的な選手がたくさんいた大会でしたね。
わたしは伝説のボレロを見られたのがホントに嬉しかったです。
あとはオクサナ・バイウルのバレエのようなスケート!いまでも心に残っています。

今大会でも選手たちはベストを尽くして素晴らしい演技を見せてくれていると思います。
あの大舞台でミスをしない、ってホントにどれほどの精神力なんでしょう。
ジャッジメントはその選手たちの演技に応えているのか?
いつもそこがどうしても気になってしまうところなのです。
順位をつけるためのジャッジに求める公平って何なんだろう。って思います。
専門家ではないのでそれについてあれこれ言うのはおかしいのかもしれません。
でもやっぱり高度な技に臨む姿勢、これはスケートの発展のために最も欠かせない要素であると強く思うのです。

2010.02.24 20:50 URL | USA #- [ 編集 ]

>ミスなく滑ることと芸術性は別の話です。一流の表現力とはより高いテクニックから生まれるもの。

この一文を読んで、最近の採点論争でこんがらがっていた頭が本当にすっきりしました。

プルシェンコとヤグディン、あの時代の男子シングルのレベルの高さは圧巻だと今見ても思います。ソルトレークだったでしょうか、ヤグディンが金メダルを取った時、フリーで絶対に逃げの姿勢を見せなかったのには本当に感動しました。
今回のバンクーバーの男子シングルがこんなにも盛り上がったのは、まぎれもなくプルシェンコのおかげでしょう。

芸術性に特化していると取られがちな荒川さんも、点数にならないイナバウアーという技を最後まで捨てなかったし、手を離したY字バランスで滑る難しい技もちゃんとやっている。
私はキムヨナ選手が嫌いなわけでは決してないんですが(確かに完璧だし)、彼女にはそういう技がない。だからプログラムは小奇麗なんですが、薄いです。まあ、そう思うのは日本人贔屓かもしれませんが・・・

フィギュアスケートがスポーツである以上、やはり技術と芸術は切り離せないし、同等に進化していくべきだと思います。
プルシェンコと握手を交わした高橋くんや、トリプルアクセルにこだわった真央ちゃんにはきっとできるはず!

長々と失礼しました。ありがとうございました。

2010.03.01 02:18 URL | とい #1idEQsQ2 [ 編集 ]

>といさま
コメントありがとうございます^^

芸術か技術か、ではなく、芸術も技術も、ですよね。
その両方が卓越した演技に金メダルは与えられるべきだと思います。
そして、今回のキム選手はそれにふさわしいスケートを見せてくれたと思っています。
だからこそジャッジは自信を持って評価すべきでした。
あの得点は、どう考えてもあり得ません。公平ではないと自ら公言しているようなものです。
キム選手、浅田選手、どちらも優れた美しいスケーターです。
選手たちはそれぞれに自分の力を出し切ったからこそ、わたしたちは心熱くなれる。
本当に素晴らしいと思います。

2010.03.01 22:48 URL | USA #- [ 編集 ]












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