オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
『蝶戀花』欧陽修

庭院深深深幾許
楊柳堆煙
簾幕無重數
玉勒雕鞍遊冶處
樓高不見章臺路 

雨風狂三月暮
門掩黄昏
無計留春住
涙眼問花花不語
亂紅飛過鞦韆去


その庭は、いったいどのくらい奥深いのだろう
柳は靄に覆われて 簾や帳が幾重にも重なっているよう
そこは高貴な人々が遊びにくるところ
楼が高くて花街への路を見ることはできない

横なぐりの雨 風が荒れ狂う 三月の暮れ
門が黄昏を掩い隠すことは出来ても
去り行く春を留めることはできない
涙を浮かべ花に問うてみても花は語らず
乱れ散る紅い花びらが 鞦韆を過ぎ去っていく

――――――――

先日、教えていただいた漢詩「蝶戀花」という詩を読んでみました。
香港型Lウィルスにやられている方ならば、このタイトルを見てはらはらと舞うあの人の姿を思い出すことでしょう。

舞台は高貴な人々が集う高級遊郭。
高い門や壁で黄昏を掩い隠してしまえても、過ぎていく春をどうすることもできない。
春の移ろいを惜しむ歌なのですが、この人は花に何を訊ねたのでしょうか。
花は何もこたえず、風に紅い花びらを舞い散らせブランコを越していく。

花に恋をしている蝶というタイトルですし恋歌なのかなぁ…と思います。
だって、春が去るのを涙して見送るってねぇ…。来年も春はくるんだよ?
なーんて。単純な私なんぞは思ってしまいますが、詩心のある人なら今年見送る春は、来年見送る春とは違うんでしょう。

でもこの人にとっての春っていうのが“自分の思いの成就だった”とすると、誰かへの報われない思いを歌ってると解釈できるし、なぜ高級遊郭が出てくるのか、なぜ花は何もこたえずに花びらを散らし風がブランコを揺らすのか、がしっくりくるんです。
だから勝手に“手の届かないところに行ってしまう花に恋をした蝶”として読んでしまいました。
恋する相手(花)が遊郭の女性で、身分の高い誰かの元に行ってしまうのであれば、この人(蝶)にとってはまさに引き止めることが出来ない春ですよ。
もう成就することはないのに、それでも慕わずにはいられない切ない想い。
そんな春の終わりを、ただ黙って涙するしかない蝶と、こたえない花の心の声が風に揺れるとブランコと紅い花びらに象徴されているような…

なんでそう感じたかというと、この花に恋する蝶っていうのが、まるでレスリーを慕う私(たち)のようではないかと、思えてならなかったから。
この時期だったから、余計に深読みしちゃうのかなぁ。。。

BRAVOッー!!

2007.03.21 09:23 URL | boy #pK.oNfME [ 編集 ]












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://usastreet.blog42.fc2.com/tb.php/560-84bcfd6f

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。