オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
あんな終り方だとは思わなかった・・・このドラマのテーマは何なんだ?
誰も救われないじゃん~~死ねばいいってもんじゃないっしょー。
ラスト2回で畳み込むようにストーリーが進んじゃうので、前半で紫儀が骨折してた時期が余計に長く感じましたわ。。
で、ラストがこんな形とは、、、なんかドヨ~ンってしちゃいました。

老酒まで死んじゃうことないやんか~。阿ライも死んじゃったしさぁ、、、心雨は出家しちゃうって・・・
相手を真剣に思って大事にしてきた人たちなのに報われないなんてね。
回り道したとしても、それは間違いじゃないじゃん。なのにさぁ、なんか…理解しがたい。。これが時代というものなのだろうか。。。。
すれ違いの連続で、だんだん歯車がずれちゃって、みんなが不幸になって、、、

「愛について、僕は何も知らなかった」って坊ちゃんは言ってるけれども、この結末が各々の愛の形なんだとしたら、それって悲しいだけのものじゃん。
「なぜこの時計を修理させたんだ。どうして心雨を愛させたんだ」
幸せにしたいと思うのに自分にはそうする術がなくて、無力な自分に泣いてる子坤のセリフ。
彼女が望んでる幸せってそうじゃないじゃん。
一見、相手を思ってるように見せかけて、実のところ自分の思い込みでしかないんだよね。相手の心に添ってない。だから道が見つからないの。
心雨パパもそう。「娘のため」と言いながら、実は自分の罪滅ぼしの口実を娘に押し付けてるだけなんだよ。だから何をやっても救われないの。 撃たれた後「謝謝」の一言に集約されてるよ。
子坤もパパも同じ。苦しみから解放されたかっただけ。

みんなの思いが一方通行。誰かのことを思いやってるのに伝わらなくて、自分を思ってくれる人に向き合ったときには、相手は死んじゃったり一人取り残されちゃったり、、、
どこに喜びがあったんだろう。苦しいだけが愛情じゃないでしょう。相手を思う優しさとか喜びがどこにあるんだろう。。 みんな後悔してるじゃん~。自分のせいで、って思ってる。誰のせいでもないのにさ。

私は阿ライの「これだけは言える。乗り越えられない苦しみはない」ってのが好きだなぁ。
本当に安[王其]を思いやって力づけよう、支えようっていう気持ちが伝わるわ。一緒に生きていこうって、彼自身も裏社会から抜け出す勇気を震わせてるんだよね。
彼の最後の行動に関しては、まぁ、、、ちょっと解せないところはあるんだけれども、彼曰く「粗野な人間」の精一杯の表現なのかなぁ。
気持ちは大いにわかるよ。あのゲス野郎は許せん。紳士ぶったところで、お前はサイテーだ!
結果、安[王其]が一人になってしまったのが悲しい。私が一番祝福したカップルなんだよ~。二人には広州で幸せになってほしかった。ホントに。。。
阿ライだけは、安[王其]を一人残すことに対しての心残りはあるだろうけど、自分自身の愛し方に後悔なく息絶えたと思う。心から大事に思ってきた。犠牲も多かったけど…
安[王其]は阿ライを思うとき、悲しさと同時に彼の愛情に対してあたたかいものを感じるんじゃないかな。
心雨は子坤を思ってあたたかい気持ちになるだろうか…。英奇は?

なんだか悶々とそんなことを考えてしまうラストでした。












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://usastreet.blog42.fc2.com/tb.php/515-67539e98

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。