オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
上海にお住まいの「アジアの日々」fuimeiさんが魯迅記念館など紹介されていました。
私が中国を好きなのは単に明星が好きというだけじゃなくて、小さい頃から中国の文化に興味があったから。
特に文学や音楽は私の一番好きな部分で、もし時間があるのなら文学の旅、してみたいんですよね~。母も誘って、、、私の卒業旅行は中国にしようかな(予定通りに卒業できるんだろうか・笑)。きっとその頃には少しくらい会話できるようになってるはず、です。

魯迅「阿Q正伝」は推薦図書にも選ばれていたので、中学生の時に読みました。
当時は中国の歴史についてほとんど理解していなかったので、この作品が言いたいことの半分もわかっていませんでした。いや、たぶんほとんど意味不明だったと思う。
この人何のために生きてるんだろう…って最後までまったく理解できなかったもん。
登場人物に共感できないだけじゃない。なぜ推薦図書なのかが不思議なくらい。面白いと思わなかった。
それ以来一度もページをめくることなく大人になりました。
でも今思い起こしてみると、阿Qは多くの中国人の代表のようなもので、私が思うに「中国人が根本的に持ってる気質」の一つではないかと感じます。
そしてふと、なぜ阿Qに苗字がないのかな…と考えてしまいました。
阿Qには姓がないのです。それどころか下の名前さえ明らかにされていません。(だから音としてQを当ててあるのだと思う)ただ阿Qと呼ばれている。

彼はみすぼらしく、貧弱で誰からも蔑まされてるような男でした。ゆえに卑屈で強い者には媚びへつらい、弱い者には横柄に振舞う、どうしようもない人間なのです。
だけど彼自身はそのことをまったく客観視せず、自分は勝者であると思い続けている。とにかく驚くほどプラス思考(…というのだろうか?)。驚くほどご都合主義。
そんな彼が選んだのは辛亥革命に参加すること。革命家として人から恐れおののかれる存在になること。
だけど当然ながらそこには信念などはない。深く考えない自己満足の行き着いた先にあったものは処刑でした。
彼の処刑に誰も関心を持たず同情もなく、ただ彼は殺された。

阿Qの生涯はよくある日々の一コマに過ぎない…そんな感じです。
このことが示す意味とは何か。今は少しわかる気がします。
この「阿Q正伝」は新聞のコラムとして執筆されたものだそうです。
魯迅はこの「阿Q正伝」を、辛亥革命を批判するために、また自国の民衆の愚かさを批判するために書き始めたのだとか。
ペンで社会と闘い続けた作家はたくさんいます。ユゴー、トルストイ、ゴーゴリ…。
みな民衆の苦しみや悩みを描き、自分たちを支配する層と戦いつづけた。
だけど魯迅は違う。
魯迅が戦いを挑んだのは自分の国と自分の国の民衆。
中国の将来のために。あえて腐敗しきった中国の国民性を辛辣に書いた。
阿Qは自分のすぐ近くにいる、いえ自分自身でもある。
だから阿Qには名前なんてないんです。ただそう呼ばれている男であるというだけのこと。
愚かなのは自分たちなのだ。自覚すべきは自分たちなのだ。
阿Qという人間の生き方の裏にそういうものが隠れているのだなぁ、、と。

すごい作家ですね。
今読み返すともっといろんなことが見えてくるんだろうなぁ。
試験が終わったら読んでみよう。












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://usastreet.blog42.fc2.com/tb.php/412-c71b3998

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。