オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

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台湾の音楽界の賞で、いわゆる大衆受けする流行の音楽ではなく、芸術?の面で評価されるらしい賞に2005年度、王力宏は選ばれなかったと。

音楽にしろ映画にしろ文学にしろ、いわゆる賞レースっていうものにあまり感心がない、と言ったら語弊がありますけど、正直言ってしまうと、自分の純粋な感想がこれによって左右されてしまう気がして、実はあまり好きではありません。
どんな前提であろうと、人の目、感情が選ぶ賞に公平なんてあり得ないでしょう。
だから、私はその作品を好きな人たちが自分の中でそれを育てていけばいいと思ってるし、小さな作品であろうと心を込められているものには命がある。
一個人にとって特別な作品は、大きな賞にも匹敵する素晴らしい魅力があるものだと、思うんですね。
勿論、人の注目が集まる賞にも大きな意味があることは事実です。それによって更にたくさんの人たちに知ってもらえるチャンスになる。
賞を獲る作品にはそれだけの魅力があることもよくわかります。だから、ちゃんと存在する意味があるものであることも。
つまり私が言いたいことは、賞に左右されるような自分になりたくない!っちゅうことですわ。
ま、大体自分がアレコレ言えるほどの人間じゃないんだけど。

で、今回なんでこんなことを書いたかっていうと。
審査員のコメント。王力宏の音楽がオリジナリティの部分で選考した結果落とされたと。

  オリジナリティって何だ?

と思ったわけですわ。
王力宏という人は、アメリカで生まれ育った台湾系アメリカ人で、だけど今は主に中華圏で活躍している歌手なわけで。。。
たぶんアメリカ人から見れば彼は中国人だし、中国人から見れば純粋な中国育ちではないと取られるでしょう。
そしてそのどちらも正解で、それが王力宏という人間だと思うんですよね。(そして彼もそれをちゃんと認識しているはず)
だったら、彼のオリジナルってアメリカだしチャイナだし、その集合体であるchinked-outになるんじゃなくて?
まだ2作目のchinked-outが消化しきれているか、と言うとハッキリとした一つの世界にはなっていないのかもしれない。でもその混沌とした感じがいかにも王力宏と歩みを共にしているように思えて、私はすごくリアリティのある音楽じゃないかって思っています。
未熟な部分も含めてまだ固まりきれていないからこその青い魅力。何かが起こりそうな予感をはらんだ、そんな感じ。
ホントに私なんかがこんなこと書くのはおこがましいけど、どの人も誰かのマネをしているわけではなく、自分の中から生まれてきたものを表現している人たちなわけで、その時点でオリジナルなんじゃないの?
じゃあ、審査員が言うところのオリジナリティって何よぅ?
もっとわかりやすく説明して~~~全然わかんない。

隊長が選ばれたとか選ばれなかったとか、私にはそういうことはどうでもいいの。(そりゃ選ばれてたら嬉しいが)
この記事を読んでからずっと「オリジナリティって???」が頭をグルグル回っていて、これは誰かに教えてもらうんじゃなくて自分で体感するしかない、と。これを機に他の方のアルバムも聴いてみようじゃないか!と思った次第です。自分の好き、嫌いは置いといて、冷静にこのオリジナリティの意味が知りたい。












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