オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

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なかなか実家に帰れないので、年末年始はかならず帰省することにしています。そして普段は話せないようなことを徹夜で話し込むんです。
くだらないことも多いですけど、さすがにこの歳になると人生についてや生き方といった少し踏み込んだ話をすることが多くなりました。そして今年は個性について語り明かしました。翌日は二人とも昼前まで爆睡。それならお昼間に話せってね(笑)
小学生の時から感じたことがあると日記につけるようにしていまして、その中から今年話した内容を少し抜粋。

小学生の時、今じゃ考えられませんがとても大人しくていつもビクビクしていました。
家にいるときは全然そんなことないのに、学校に行くと何か萎縮していたんですね。学校はとても好きだったのだけど、何か馴染めない空気を感じていました。
子どもだったのでそれが何かはハッキリとわからなくて、母にも相談できませんでした。

担任の先生が定年間近のベテラン先生だったこともあり、確固たる教育方針をお持ちの方で、それが良い悪いは別として、先生の方針というものに誰も意見できなかった。
クラスのうち数人の子にリーダーとしての役割を持たせ、全員がそのリーダーの下行動するんです。今思えば、それはチームワークや協調性などを養うという目的なのかなぁとも思いました。だけど当時の私にはそれが苦痛でした。
なぜ全員が同じことをしなくてはいけないのか。例えばお昼休みにリーダーがかくれんぼをしようと言えば、みんなでやらないといけない。私が図書館に行きたいと言えばそれはわがままになるんです。
子ども同士のことではよくあるやりとりです。だけどそれを先生は協調性がないと言って、私をみんなの中に無理やり押し込めようとする。そのことにとても反発心を感じていました。
「どうしてみんなと同じことをすることが良いことで、図書館に行きたいという私の気持ちはわがままになるのか」
たかだか9歳程度の私に難しい理屈はわかりません。ただ、通信簿に書かれた「人の気持ちがわからない」という言葉。この言葉がずっと私の中でわだかまりとして残っていました。
ずっと理解できなかった。ただとても悲しくて、母に通信簿を見せるのがつらかったことを今でも忘れることができません。
本当につらくて登校拒否になりかけたとき、どうやら両親が担任や校長から責められるようなことを言われたようです。大人になって母はその時のことを話してくれましたが、父は自分が何を言われたのか一切話してくれません。穏やかな人なのに、その日の父の顔色は本当に青ざめていたといいます。私は本当に申し訳なくて、同時に両親に対して本当に感謝しました。
何も聞かずに、ただ私から話をするのを待っていてくれた。あの頃感じていた気持ちをみんな20年近くも黙っていたんです。

学年が上がって担任の先生が変わっても、私はやっぱりみんなと同じことをするのがイヤで時々一人ぼっちになったりすることもありました。
昔から書くことが好きで、本を読むたびに感想文を書いたり、当時は童話作家になりたいと思っていたので、小さなお話や詩を書いていました。
新しい先生は一人で遊んでいる私に対して何も言わず、私の書いたものをいつも褒めてくれ、せっかく書いたお話に絵をつけてみたらどうかとか、授業でやるお芝居に音楽をつけてみたらどうかとか、そんな提案をしてくれたんです。
私の好きなことをちゃんと見てくれて、それらが一つの世界に、つまり私という個性になるんだってことを具体的に示してくれたんですね。お陰で私の今があるのだと思います。
誰にも邪魔されない私だけの大事な世界がある。それがどんなに素晴らしいことなのか。人と違うことは決して間違ったことじゃないんだって、はじめて自分に自信というものが芽生えた瞬間でした。

自分で自分のことを認めてあげられないのに、他人を思いやることなんてできない。私はそう思います。あの時苦しい気持ちを味わったからこそ、いろんなことがわかりました。だから3年生の時の担任の先生も、私にとっては大事な出会いだったんですね。今ではその先生にも感謝しています。何も考えない子にならなくてすみました。
自分が今何をつらいと思っているのか、何を嬉しいと感じているのか、それを見つめられることはとても大切なことだと思います。

馴染めない空気、それは今でも感じることがあります。でも大人になったからなのか、それなりに受け止めて生きていけています。(一応)
あの日、子どもなりに一生懸命向き合っていた私が、今の私を後ろで支えてくれているって感じるから、ちょっとくらい挫けても子どもの私に負けるわけにはいきません。

私は日本にいた頃は、実家がとても近くでした。
たま~にある、ダー連れではないお泊り(近くても私だけ泊まることはあまりない。)
の時には、
USAさんのように、夜を徹して話しますよ。
大人になったからこそできる話が山積みなのです。
もちろん、子供の頃のことも良く話します。
自分のこと、自分の子供のことを思い返すと、小学校3~4年というのは、とっても難しい時期なのですよね。先生方でも、はっきりと、「一番3~4年が扱いにくい」と名言されたかたもいらっしゃいました。なんとかギャングといって、(忘れた~~)ちゃんと名前も付いているようです。
子供にとって、先生との相性はとても大切だと思います。私も自分の子供が3~4年の頃は、担任にひどいことも言われたし、悩みもしたし・・・学校不信にもなりましたけど、その後にとても理解してくれる担任に娘が出会えました。お陰で娘もとても明るくなりました。

2006.01.23 08:51 URL | ふいめい #Q3cyE8.I [ 編集 ]

生徒は先生を選べませんから、やはり相性の良くない先生に当たると子どもへの影響は大きいですよね。
子どもは案外ちゃんと大人を見ているんだってことを大人は認識して接しないといけないと思います。
子どもは家庭だけではなく社会が育てていくものだと思うから。大事な未来の宝ですものね。

2006.01.23 20:03 URL | USA #FBS4NHfE [ 編集 ]












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