オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

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p-104.jpg
HOLGAは少し自分の撮りたいと思う色が撮れるようになってきました。不完全で色々足りないところが多いHOLGAでの写真ですが、やっぱり正方形の魅力は絶大。これはフィルターの代わりに薄いビニールをレンズにあてて撮ったので、ソフトフォーカスがかかったような写りになりました。よしよし。

今日はたった1日ですがお休みが取れました。なので3連休です。いつもだったら大掃除で終わる連休なのですが、せっかくだし人並みに夏休みを過ごしてみようと妹と亀岡までひまわりを見に行って来ました。隣にはコスモスが植えられていて、9月後半から見ごろになるとのことです。
あいにくの曇り空ではありましたが、保津川下りは爽やかで気持ち良かったです。
紅葉の季節は見ごたえがあるでしょうね。途中、藤の木があったので、次に行くとしたら藤の季節に行きたいなぁ。
自然の中で出来た岩の美しさをあんなに間近で見られるなんていい体験でした。目線で川を下るってあまりないもの。子どもの頃は家族で川に遊びに行きましたけど下ったことはないもんなぁ。
目の前に緑がうわぁ~っと広がる清々しさって何ともいえない気持ちよさでした。
16キロを約1時間半かけて下ります。水かさが上がるとスピードも上がりスリルも出てくるそうですが、今年は水量が少なめで穏やかに下っているそうです。早いときは50分ほどで嵐山に着くらしい。でもせっかくなら景色を楽しみながら下りたい私は今日ぐらいでちょうど良いかな。
間もなく到着…というくらいになると、船頭さん曰くローソンやセブンイレブン(もちろん冗談よ)の屋台舟が近づいてきて、みたらし団子やおでんなんかを販売してくれます。
元々は野菜などを京都や大阪に運ぶために水流を利用したことが始まりという川下り。来年は保津川下り400年を迎えるそうでイベントも企画中なのだそうです。
今回いけなかったききょうの里には改めて行きたいと思ってはいるのですが、これからしばらく遊びに時間が取れそうにありません。この夏最後のHOLGAでひまわり、どんな写りで上がってくるか楽しみです。
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毎年この季節になると楽しみにしている「HOLGA EXPO 2005」。今年も行ってまいりました。今年は特に気合を入れて初日です(初日に行かないとグッズがないときがあるので…)。
今年は日程が前半後半と分かれていて、それぞれ違う作家さん方の写真が並びます。なので2回は行きますの。
見に行くのは今年で3回目なのですけど、年々みなさんのこだわり度がアップし、その度にため息をついています。今年も本当にすごかった。誰もいなければあのパネルをお持ち帰りしていたに違いない。そんな濃密な内容です。
自分でもHOLGAをはじめてそろそろ1年になるのです。でも全然、まだまだ。腕が上がる前にHOLGAの方がヘタレそう(笑)
毎回お邪魔するたびに個性的な作品に出会うのでお勉強になることがいっぱいで刺激的なんですよ。そして自分がどういうものを撮りたいのかなぁという思いに立ち返らせてくれる瞬間でもあります。
HOLGA EXPO会場のナダールからすぐ近くにあるギャラリーアビィさんでオーナーでありHOLGA会主催者である吹雪大樹さんのHOLGA作品展「しかくいなつ」が開催されているので、金曜日に行ってこようと思っています。
p-93.jpg明日は朝から出かけるので、朝のうちにお洗濯とかお掃除とか済ませて、亀岡に行くには中途半端な時間になってしまったので、東山にある智積院に行ってきました。
桔梗目当てが思いっきりすかされまして、桔梗なんて全然咲いてないんだもんなぁ。しかも雨が降りそうだし…
それでぶらぶらしていたら、片隅にヒッソリと蓮が咲いておりました。蕾も一輪あったのでかじりついてハリアナしてきましたよ~。白黒ですけど。撮れてるといいなぁ。
やけに外国人から話しかけられ、観光客よりも無知な私にバスの乗り方を聞いてくる…。私ってそんなに賢そうに見えるのかしら(違う)。
中国語で「三十三間堂にはどう行ったらいいのか」と質問され、思いっきり日本語で答えるしかできない自分が悲しかったよ。バス代の説明なんて「ニィ110円、パパ&ママ220円」とか言ってさ“ニィ”しか中国語じゃないっつーの。せめて金額くらい簡単な英語で説明しろよアタシ。降りてから気づきましたデス…。でも「ありがとう」って日本語で返してくれた素敵なファミリーでした。ごめんよ。
その後も「清水寺行きたいゼ」と熱いにーちゃんの英語に「あっちのバス停で100番のバスに乗ってね」としか言えなかった。今さらながら、私は一体何を勉強してきたんだよーー。
ってな感じで2時間ほど濃いお散歩をいたしまして、帰りはそのまま梅田まで出るつもりでしたが、どうも雲行きが怪しいのでお洗濯物が心配で一旦帰宅。やっぱり夕立にあってしまいました。間に合ってよかった…
じゃ、今から花火大会行ってきます。

p-109.jpg“心映的鏡子”ひとまずHOLGAとスメハチだけ更新しました。余力があればデジタルまでやってしまいたかったのだけど、もう力が出ない…
ハリアナはもう少しマトモなものが撮れないとアップできるものがほとんどないと言う情けない状況です。ハリアナ強化月間なので、ひとまず毎日カメラ持って動いていこうかなと。
今まで黒背景にしておりましたが、やっぱり私のキャラではないのか落ち着かなかったのでインデックスメニューは白背景にしました。でも写真は黒背景の方が締まって見えるのでヘッポコ写真もごまかせるかなぁ…とそのままで。
写真のコーナーくらい見栄えの良いものにしたいのだけど、ないものをひねり出すことは無理なわけで。やっててちょっと落ち込みます。美的感覚は磨かねば勝手にセンスは良くならないものなのね…。

さて、ブローニーピンホールの第一号フェイピンですが、紙の箱で出来ておりますものでいつか必ず壊れる日が来るだろう…と覚悟はしておりましたが、既に色々と不具合が出ておりまして(まだ3本しか撮影してないのに~)、大々的な手術は行うほどではないのですがちょっと気になっております。どのくらい持ちこたえられるかなぁ。
たぶんフィルムを入れる部分が心持ち上で、しかもスペースが狭いので巻き取りはキツくてすごく力がいるんですよね。そのせいで巻き取りの割り箸をさしている部分がボロボロです。講師の方のお話ではマイナスドライバーがいい感じで使えるよということでしたが、それよりも中身の改造が必要です。三脚もつけられるようにしたいので、色んなサイトを渡り歩いて研究しています。
それでいったんバラして組み立てなおす方がいいか、心臓部のピンホールをジャンクHOLGAに移植した方がいいか、と悶々と悩みはじめました。ハリアナ部分で色々と遊べるみたいなので、付け替えられるように出来たら楽しいなぁとか。そうなるとボディがHOLGAの方が丈夫ですよね。
あと学ピン(大人の科学ピンホール)は標準が望遠になっているのですが広角専用にしてしまえ!と決めてます。今のフィルムが終わったら変身予定。
夏に咲く花 夾竹桃 
戦争終えたその日から
母と子供の願いを込めて
広島の野に燃えている
空に太陽が輝くかぎり
つげよう世界に 原爆反対を

夏に咲く花 夾竹桃
武器をすてたあの日から
若者たちの 願いにみちて
長崎の丘に もえている
空に太陽が輝くかぎり
つげよう世界に 原爆反対を

夏に咲く花 夾竹桃
祖国の胸に沖縄を
日本の夜明け告げる日を
むかえるためにもえている
空に太陽が輝くかぎり
告げよう平和と 独立を


昨年の8月6日にも書きましたが夏になるとこの歌を思い出します。
小学生から中学生までの9年間、私の通っていた学校では6~9月と12月は平和学習、5月と11月は人権学習が頻繁に行われていました。
今もやっているのかわかりませんが、とても大切で有意義な授業だったと思います。

昨日、広島の原爆についての特別番組が放送されていました。
第二次世界大戦という川を隔てて対立してきた人々。60年経ち私たちの意識は変化してきました。敵味方という概念はなくなり、アメリカ人は友人であると、みながアメリカに憧れ、追いつけ追い越せと働いてきた。
日本人はいつもそうなのかもしれない。
古くは中国に、オランダに、日本人はいつも誰かに憧れて目指してきた気がします。
では今は?経済大国と呼ばれ豊かになった日本人は誰かに憧れられるような存在になっているのでしょうか。

戦争というものに対する一人一人の認識の程度は他国の人たちからしてみたらとても薄っぺらいものだといいます。苦しみと悲しみのどん底から這い上がってきた先輩たちの努力を私たちはもっと知らなくてはいけない。
戦争を知らないことが無知に繋がっているのではないと思います。
戦国時代の武将よりも、エジプトのファラオよりも、たった60年前のことの方が私たちには身近で、その時のことを知っている人がまだおられる時代なんですから。ちゃんと向き合えば無関心でいられるわけないんです。体験はなくても心に刻むことはできると思うから。
生活の豊かさと引き換えに心の豊かさを失いつつある私たちは、今踏みとどまらなければいけない時を迎えているのだと思います。
埋められない大きな溝はまだ確かに存在しているんです。戦争が終わっても決して尽きることはないのが人の思いです。
「戦時下においては罪なき人なんていないんだ」とはまさにその通り。
みんなが戦争に協力し傷つけ傷ついてきた結果が今なんだと思うと、私たちは二度とそれを現実としないために、過去に学んでいかなくてはいけない。そう思います。
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