オモウソラ

日々の想うことをつらつらと。 本家“想空”のミラーブログです。

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読み終えて、「え・・なんで?」って思う。そして何とも表現しがたい何色ともわからない渦がもやもやと広がってくる。そのもやもやの広がりに抵抗したくて、何かを掴みたい思いで後戻りしページをめくる。

外の世界と遮断されてしまったかのような小さな小さな集落で、そこに居るのは村最後の生き残りとも言える校長先生、村でただ一人の子ども かおる、肌の色が違う兄 純、兄妹の父であるトビタカ先生、そしてかおるを教えている杏奈先生。

みんな血が繋がっていないし年代もバラバラで、肌の色さえ違っていたりするのだけれど、それぞれ心に何か暗いものを抱えていて、それ故に善良で優しく明るい。

かおるが連れてきたガイコツジンのお友だちエトーくんだってそうだ。
カタコトの日本語しか話せず、意思疎通が完全ではないと本人にもわかっているのだ。だけど彼の疑問形になってしまうカタコトの日本語は大人をあたたかく包み込む。

ハッキリさせないことで、相手を優しく包み込み癒している。同時にそれは、得体のしれない何かへの不安を増長させることにもなる。
それが大人には理解できることでも、子どもには説明がつかない。
時におばあちゃんになり、時に宇宙船になり、説明のつかないそれは形を変える。

子どもには大人が思っている以上に世界が見えていて、しかし彼らにとって説明のつかないそれは、時に深刻な事態を引き起こすことになるのだ。

小さく静かなこの集落で子どもたちの存在はどれほどの光を放っていただろうか。
一人二人と村の友たちを見送ってきたであろう校長先生の混乱と恐怖は想像して余りある。杏奈にしても、純にしても、トビタカ先生にしても、かおるの存在そのものが希望のようなものだったに違いない。
彼らの健やかな成長がただひとつの楽しみとも思えるほど、この集落は生の息吹から遠いところにあった。
子どもたちの素直で無垢な様子が鮮やかな光を放ち、読者を含めた大人たちの不安により濃い影を落とす。

1回読んだだけではハッキリとさせない結末の喪失感は大きい。けれども、ただそれだけではない。
2回読めば残された者たちには強い祈りと希望が残留する。
3回読めばそれが明るい未来に続いているようにも思えてくるのだ。

優しさも後悔も祈りも飲み込んで同化していく、まるで宇宙の銀河ように糢糊とした光と闇の間を行き来しながら。
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飛び切りのハッピーエンドに向けて大きく動き出しました。
美雪晴れというタイトルに相応しく、堂々と己の心星を見つめて進んでいこうとする澪の清々しさ。いつも澪を力づけて静かに支え続けてくれる源斉先生。ああああああーーー もうもうもう。この回ニヤニヤポイントがありすぎてたまらん><
ご寮さんの幸せ、それを優しく見守り背中を押すつる家の面々、心があったかくなりました。
佐兵衛の料理人としての情熱が澪の料理によって再び呼び覚まされて、野江ちゃんも元気になってきて、きっときっとみんな幸せになれるに違いない。そんな希望に満ち満ちた巻でした。
そうそう。りうさんに歯が生えた! ウケたw っていうか、ページの切り方w こういうのはやっぱり本ならではだよなぁ~。


巻末には、昨年9月朝日新聞に掲載された小松原さんと相模屋さんのお話が載っております。“琥珀寒”は銀二貫に登場したもので、なんかこう・・じーん・・・。

まだ1回しか読んでいないので、詳細はまた明日にでも書くとして。
源斉先生とのこと、希望は捨てません。恋愛小説じゃないということはよーく承知しておりますが、どうしても源斉先生には澪とほのぼのな家庭を持たせてあげたいんですよ・・・。ご飯ちゃんと食べてくれないと心配で心配で(_ _*)・・・シュン 身分違いの件は、、、まあいいじゃないか。なんとかなるさ。
わたしの妄想の楽しみを奪わないで最終回まで期待させてくれた髙田先生、ほんとにありがとうございますo(_ _)o

次回8月刊行、最終回。「天の梯」
まだ最初に読んだ「八朔の雪」の感想も書いていないのに、いきなり最新刊の感想を書くというのもアレなのですが、この気持ちをどうにか吐き出しておかないとスッキリしないので、とりあえず徒然なるままに。

いやあ・・・ほっとしました。心に出来た水たまりにお日様の光が差してキラキラしているような、そんな気持ちです。
澪がすごく成長していて頼もしくなりました。
大きな苦しみ、悲しみを超えたからなのでしょう。いつも支えてもらうばかりだった澪が、今度は周りの人たちを力づける強さが芽生えてきたように思います。

今回は親子の情が中心になっています。
芳と佐兵衛、坂村堂と柳吾のような実の親子だけではなく、又次とふき、澪と芳、おりょう夫婦と親方など、血の繋がらない関係にも優しく深い思いが描かれています。

そして、もうひとつの軸は新生。
つる家の面々が新たな気持ちでそれぞれの人生を歩み始める決意をします。
悲しみの中だけに留まっていては、人は生きていけない。
生きていくことは、転んでも起き上がること。泣いても諦めないこと。
大きな憂いを抱えている時でも、心の暗闇と対峙し、抜け出したいという辛苦の先に虹がつかめるのだとしたら…
その繰り返しが生きることだとしたら、人間とは呆れるほど図太くてそれ故に愛おしい存在なのだと感じずにはいられません。
今回のみをつくしは、柔らかな描写の中にそういう人間の逞しさが見えて、すごく好きでした。


えーと・・誰から書こうかなあ。
ん、、まずは美緒
いやあ・・・良かったよー。美緒ならきっと幸せになれるって思ってたよー。うんうん。
乳母日傘でお蚕ぐるみ。そんなお嬢さんの美緒が母になる。
「あの人の心根の美しさは、私の見かけの美しさも敵わない。爽助のようなひととともに手を携えて生きていける。今はそのことが無性にありがたくて、嬉しいの」
相変わらずこの子ってば(笑)
でも、爽助のことを口では糞ミソに言いつつ、ちゃんと大事に思ってるんやなあってわかった。ええ子や。

次。小松原
今回、主な登場人物の一覧から小松原の名前が消えていました。
わかってはいたけれど、心がズキンってなった。小松原自身は登場しませんが、早帆の口からその後のことが語られます。
良かった。きっと幸せになってほしい。そう思います。
この時、自分の心をしっかり見つめる澪の姿がすごく好き。弱い自分を認めた上で選んだ道を確実に歩いていくことを決心する。澪、ほんまに強くなったなあ・・

そしてまだ名前が出てくる采女宋馬!クソ憎たらしい奴め!!もう出てくんなっ!
と心で悪態をつきつつ、この人の気持ち悪いくらいのダメっぷりが妙に可愛く思えてきた今日このごろ。
澪が成長すればするほど采女宗馬が哀れに映る。でも澪の前進の為に彼も欠かせない存在であることは間違いないので、可哀想だけどもう少しやられてくださいm(_ _)m

で。源斉先生
澪の前進のために欠かせない存在なのは采女宗馬と同じだけど、何しろオーラが違うから!
先生が登場するだけで、こう・・・一服の清涼剤のような爽やかで清々しい空気が漂います。
いつものように優しい先生なのだけど、今回ちょっと「おっ?!」って思ったの。わたしの思い込みもかなり入ってるので冷静じゃないんだけど・・
澪から励まされ医師としての志を改めて強くした先生。今までにない行動力が表れてきました。
正直びっくり。嬉しい驚きでした。真面目だけど堅物じゃない。
先生は元々相手の心に寄り添うタイプだったけど、きっとこんな行動に出たのはほかならぬ澪だったからに違いない。やっぱり先生ステキ*^^*
以前先生が倒れた時(by小夜しぐれ)、澪に「なぜ澪さんの料理はこんなにも美味しいのか」って言ってた。
あれね、もちろん「あなたが食べる人の身を思って料理しているからだろう」なんですけど、それだけじゃないです。澪の料理は普通の時に食べても美味しいに違いないけど、この時のお粥が先生を元気にしたのは澪が先生の回復を願って、先生のためだけに(←ここ重要)作ってくれたお粥だからです。
食べる人が何を感じて食するか、これもまた大切なことだと。「食は、人の天なり」それを知る先生だからこその提案だったんだなあ。
「澪さん、どうして玉子には黄身と白身があるのでしょうか」
先生ww 澪とのほのぼのシーンは心のオアシスです。
(黄身は油で白身が水分って聞いたことがあります。どちらも雛になる胚が必要な栄養分とか・・・
なんや細かいことは理解できなかったので覚えていませんが。だけどもしこんなこと説明したらこの場が白けるなあ・・)
いつになく人間味のある先生が見られてますます好きになりました。やっぱり澪ちゃんと幸せになってほしい。
種市も今回やたら「先生を見送りしてこい」って澪を出すんだよね。親父さんやるね!あの二人、ほっといたらなかなか前に進まないから、よろしく頼みます!

野江
今回は大火事で又次の死があり相当弱っていましたが、源斉先生の計らいで澪との繋がりを再び結ぶ事ができて、彼女はまた凛とした姿に戻ってくれると思います。
野江ちゃんがんばれー!!


大きな悲しみを乗り越えての大成長。ここからが彼女の本領発揮でしょう。
「いかなる時も天を目指し、踏まれても、また抜かれても、自らを諦めることがない」
澪のひたむきな生き方が、周りを幸福にし、また自身を幸福にする。駒繋ぎの花言葉は“希望をかなえる”。きっとその日が来ると信じてます。
いま、みをつくし料理帖シリーズを読んでいます。
というか7巻まで読み終わり、今月15日に発売になる最新刊を待っているところです。

わたしは美味しそうなお料理が出てくる小説が好きでして、この作品を手にしたのもそれがきっかけでした。
ところがそれ以上にわたしの大好きな山本周五郎作品を彷彿とさせる、心温まる人情物語にすっかり心を鷲掴みにされ、あっという間に読み終えてしまいました。(そしていま2巡目)
今もまだその余韻に浸っていて、とにかく続きが読みたくてウズウズしているのですが、興奮が冷めないうちにとにかく今何かを吐き出しておこうと思います。

美味しいお料理、江戸時代、人情物語・・・嫌いになれる要素がひとつもない設定であること。これはホントに好きな理由のきっかけでしかありません。
それ以上にこの作品に登場する愛すべき人々は生き生きとしていて、まるで自分もその世界の中の人のような、そんな錯覚をさせてくれる。自分もこの人たちの人生に寄り添わせてくれる優しい包容力があるのです。

主人公:は一途で心根の優しい人です。
彼女の料理や人に対して誠実に生きる姿に自然と人は心を砕かずにはいられなくなります。
また彼女自身もそういう人々の思いやりや激励を素直に受け止め、喜びも悲しみも成功も失敗も受け止める。大きくしなやかに成長していく姿に憧れと共感を抱ける。
周囲の人物がどんなに素晴らしくても、やはり小説は主人公に共感できないと物語が面白くなりません。
澪の控えめだけれど芯が強く愛情に満ちた生き方は、そう生きることが難しい現代にあって、ある種勇気を与えてくれるものでもあるのです。

さて。わたしの好きな登場人物について、少し語りたいと思います。(人物紹介などはWikiあたりをどうぞ)

小松原:
口は悪いんだけど温かい人。特に澪との関係が一気に進んだ6~7巻では彼の男気に澪ならずともクラクラしてしまいました。(あんなん言われたら腰砕けるわっ)
結局二人の思いは成就しなかったけれども、そして今はまだ心に苦い物が残っていると思うけれど、でも澪が料理人としてだけでなく、女性として一段も二段も魅力を増したことに違いはありません。
澪を本当に大切に思う小松原の決断は、澪にとっては心が壊れるほどの辛さであったでしょうが、けれども彼女はこの思いを抱いて、なんとしても選んだ道で花開かせてほしい。そうすることで小松原のとった道もまた生きてくるのだと思います。

永田源斉:
かっこええんですわ。穏やかで信念を持った若き町医者。パパは御殿医(将軍の主治医みたいなもん)なんだけど、親の七光りではなく、その腕と人柄で多くの人から信頼を受けています。
密かに澪を思っているのだけど、そのことは表に出さないの。澪の窮地には核心をついた助言をしてくれる。いつも優しい包容力で澪を見守っています。だけど意外と彼は情熱的だと思うなあ。
思いは口に出さないけれど自分の意思は曲げない強さがあります。すべて飲み込んで澪を見守る源斉先生、ほんまステキなんですよ。
わたしとしては澪とほのぼのしたご夫婦になっていただきたいのですが、なんとなくそうならないような気もして。
いやね・・澪さん鈍感だからさー どっちかがこうエイヤッと行かないと、この二人の間は進展しないような気がするんですよねー。だけどこの二人はそういう感じじゃないし。
美緒さんとは見た目的にお似合いの二人やったみたいですけど、澪ちゃんとは内面的にお似合いの夫婦になれると思うんですわ。持ってる雰囲気も絶対似合うて。
澪の小松原に対する恋心って、はやくに亡くした父への思慕のようなものもあったんじゃないかなあーって思うんです。
でもそれよりももう少し年の近い源斉先生なら、頼るだけじゃなくて互いが成長していける気がします。
もうね。。ほんとにお願いします。澪ちゃんと源斉先生をくっつけてくださいm(_ _)m

まあ、澪にとっての雲外蒼天ってなんやろなあーと冷静に考えれば、天満一丁庵の再建と野江ちゃんの身請けだと思うので、源斉先生との関係はハッキリさせないままなんろな。
ならばせめて期待を持たせる感じで終わらせてくれれば・・(源斉先生がまったく別の人とくっつくとかは絶対ヤダヤダヤダ><)

又次:
真の男前って言ったら又さんでしょ。
まったく。。。あの展開は衝撃的過ぎたけど、でもわたしはこれはこれで受け入れられます。
少なくとも、人の愛情や心優しさに触れて彼は幸せを知って生涯を閉じることが出来たと思う。野江に対する思いだけじゃなく、つる屋での心のふれあいが彼の人生を本当に意味あるものへと変えた。
パッと花開いて散ってしまう花火のように、別れは名残惜しいけれどそれゆえに心に美しい。
彼の一生はまさに江戸っ子だなあーって思ったりしています。

:
洪水で両親を亡くした幼い澪を自分の娘のように慈しみ優しい愛情で守っています。本当になんてステキな女性だろうって思う。
有名な料理店の女将から一転、江戸では苦労もしますが、ご寮さんと澪は互いを心の拠り所として支えあって生きている。本当の母娘のように思いやっている二人の姿に心が温かくなるのです。

野江:
澪の幼馴染で今は吉原の遊女、あさひ太夫。彼女の生き方もまたすごい。
この年で・・・いくら聡明でも、独りになってしまった自分の身を思うとどれだけたくさん泣いてきたことか。
澪との再会(本当に言葉を交わしたのは1回だけだけど)が野江を力づけてくれたと思う。
いくら別格の遊女だったとしても、大店のこいさんだった身からすればどん底の今。
「どないに辛いことがあったかて、生きて生きて、生き抜く、と決めた。亡うなった家族のためにも、自分の人生を諦めへんと決めたんや」
凛としてかっこいい。その決意にたどり着くまでどれほど辛かっただろう。
いつも守ってくれていた又次がいなくなってしまって、野江ちゃんのこれからがとても心配です。。

美緒:
つる屋の主人、種市から弁天様って言われるくらい綺麗な両替商のお嬢さん。
世間知らずで我儘な子だけど、ほんと可愛いと思う。素直だし自分の思いをまっすぐ表現してとっても一途。
美緒はお嬢さん育ちだから少し周りの理解を得にくいところがありますが、一生懸命だし悪意がないのです。
こんな風に素直に思いを表せたら。。って同じ名前を持つ澪にとっては眩しい存在だっただろうなあ。
源斉先生ファンで澪ちゃんとくっついてほしいって思ってるけど、美緒のことは嫌いじゃないんです。
人を見る目が確かな父の久兵衛さん譲りで、人の本質をちゃんと見られる子です。だから恋敵のはずの澪を嫌いになれなくて、自分の恋が破れてもそれを恨みに思わないし、別の結婚相手を最初は嫌っていたけど、今は幸せを得ている。
やっぱり素直な人っていうのは、苦しんだことも乗り越えて幸せを見つけていけるんやな。


他にもステキな人たちがいっぱいで書ききれないのだけど、ひとまずここまで。
はやく新作でないかなー*^^*
p-641.jpg「なあ、ハック。その猫いつ使う気だ?」
「今夜さ。今夜悪魔たちがホス・ウィリアム爺さんを連れにくるだろうから」
「でも埋葬は土曜日だったじゃないか。土曜の夜に連れていったんじゃないの?」
「何言ってんだ!真夜中までは魔法が効かないんだぜ。で、真夜中になったらもう日曜だろ?悪魔は日曜にうろうろしたりしねえと思うぜ」
「そいつは考えなかったな。そうだよなあ。なあ、俺も行っていい? 」


神に召されて天国へ行けるよう教会に埋葬されたはずのホス・ウィリアム爺さんなのに、この子たちは悪魔が連れに来ると信じてる。
それがどうにもおかしくて堪らない!!

「トム・ソーヤーの冒険」は今さら説明するまでもない世界の名作であります。
子どもの頃にアニメの「トム・ソーヤーの冒険」が大好きで何度も何度も繰り返し見たわたしにとっては、夏が近くなるこの季節になると妙に懐かしく思える作品です。
しかし先日、今さらながらこの本を初めて読みました。
予想以上に面白くて、とても子ども向けとは思えない、大人こそ楽しめる本なのじゃないかとさえ思える1冊だったのです。
主人公トムの個性もさることながら、ハックとの関係がアニメを見ていた時よりも意外とドライなところがあったり、ポリー伯母さんの愛情深さやシッドとの関係など発見も数多くありました。
また南北戦争前のアメリカで人々がどんな風に生きていたのかを垣間見られるところも興味深く、アニメの声で脳内変換されるセリフの数々のおかげで一気に読み終わりました。

この話の特に大きな事件であるマフ・ポッターの事件(上のセリフのやり取りの後、彼らが目撃してしまう村を揺るがすような大事件)以降は特に顛末を知っていてもハラハラドキドキします。
かつて自分も子どもだったことを思い出させ、時におかしく、時に懐かしい。そんな気持ちにさせてくれる夏休みの思い出のようなキラキラした作品だと思います。
子どもだった時代はそれぞれまったく違うというのに、この時代を超えた感情は作品の普遍的なテーマがあるからなのだと思う。
今の子どもたちもこんな経験をしているのだろうか。そうだとしたら嬉しいな。
突然の腰痛で歩くのもままならず、毎日通う整骨院だけが心のよりどころな夏でした。夏休みのお出かけ計画も実行することなく、気がつけばもう9月。まだまだ整骨院通いの日々は続きそうです。
気落ちしていても仕方がないし、少し腰の痛みが和らいできたので、今日はお掃除をしてみました。
本当はお鍋とか洗いたかったのだけど、これはちょっと力がいるので見送り。水回りも滑ったら危ないので軽くすすぐだけ・・・。なんかスッキリしません。もう少しの我慢かな。

さて。腰痛が酷い間は何もできないので、ひたすら本ばっかり読んでいました。8月は14冊(と言っても3作品ですが)読んだぞ!こちらは久しぶりにスッキリした。
いまBSでやっている「テンペスト」の原作4巻、久しぶりの「射英雄傳」5巻「神侠侶」5巻。そして今は「倚天屠龍記」5巻を読んでいます。

「テンペスト」も読みやすくて面白かったんだけど、ちょっと馴染めない表現もあり・・ドラマになると更に薄っぺらくなっちゃって勿体ないなあ~と思ってしまった。
ドラマは2話まで面白かったんだけどね・・3話からちょっと「ん?」って感じになって、先週なんて「あ~あ・・・」です。脇役だけど主役を食っちゃってた真牛がなあ。。ドラマ3話くらいまではこの役が一番光ってると思ったのに、先週から残念すぎた。正直、ドラマはどうでもよくなっちゃった。
その点、原作本は最終話までしっかり引きずり込んでくれて満足感あったな。

で、この悶々とした気持ちを晴らしたくて金庸。やっぱり面白いなあ。ホントに痛快で途中でやめられないのが玉に瑕。
射三部作はどれも全部面白いのだけど、わたしは「射英雄傳」がダントツで一番大好きなのです。とにかく脇役が素晴らしい。主役の描写ももちろんだけど、それだけだったら他作品と大差ない。「射英雄傳」の魅力は脇役に尽きるな。
その次に好きなのは「倚天屠龍記」。世間的に人気のある「神侠侶」も嫌いじゃないけど、登場人物の魅力という意味では「倚天~」の厚みに軍配が上がります。
主役で比べたら「倚天~」「神~」「射~」の順。楊過ちゃん(by神)、熱くていいヤツなんだけど、わたしの脳内でレスリーが演じてる張無忌(by倚天)がどうしても素敵すぎて(笑)

幼くして両親を亡くして10代後半はたった一人で生きて、苦労もたくさんしてる。武功も医術もダントツの実力があるのに、どうも坊ちゃんで、なんか頼りない。女の子にモテまくって嫉妬されまくって騙されてばっかり、トラブルに遭ってばかりなのに、本人まったくそのへん不器用。主役としてどーよ?なキャラクターなんだけど憎めないんだなあ。苦労してるのに屈折していなくて、素直で可愛い。
わたしとしては、趙敏が結構好きなヒロインなので、こういう頼りない無忌くんにはピッタリなんじゃないかなあと思ったりしています。わたしが無忌ママなら趙敏をオススメしたいところです。

もうすぐ倚天~も読み終えるので、次は何を読もうか。金庸なら「雪山飛狐」「飛孤外伝」「書剣恩仇録」あたりかな。
▼読みたいリスト
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘
「漢詩の読み方」奥平卓
「蒼穹の昴」全4巻 浅田次郎
「日本1852」チャールズ・マックファーレン
秋ですね~(いや冬です)本が読みたくなる季節です。
わたしは読書は好きですが、色々試してみたも結果、どうも好むジャンルがすごく狭いのだということを再認識しました。
エッセイや書店で平積みされているような話題の本などはちょっと苦手なものが多いです。
いわゆる文学作品や歴史小説と言われるような少々固い作品やどこか悲哀を感じさせる童話が好き。伝記も大好きです。
一番たくさん読書していた小学校~中学校時代の図書カードは、たぶんそんな作品ばかり並んでいたんだろうなと思います。

子どもの頃の読書量が大人になってからの思考や表現力、社会性に大きな差を生むことは、いまさらここで言うまでもなく広く知られている事実だと思いますが、自分の実感としても大人になってから読書は知識としての幅を広げるのに対し、子どもの頃の読書は、人間の幅、深みに大きな力を持っていたことを強く感じています。だからこそ子どもの時、多少難しくても良書に触れる必要だとも思っています。


わたしが初めて購入した本はポプラ社から発刊されていた「若草物語」でした。
夏休みのラジオ体操の皆勤賞に、子ども会から500円分の図書券が貰えたのです。その図書券を持って、町の唯一の本屋さんだった“みやこやさん”で何を買うか真剣によくよく吟味したのを今でもよく覚えています。
まだ小学校1年生だったので漢字なんてほとんど読めないし、でも大人と同じ本(と子どもの頃は思っていた!)を初めて自分のお小遣いで購入できるっていうことに興奮しましたね。
ポプラ社の本を選んだのは、たぶん母から入学祝いに買ってもらった本が同じポプラ社の「野口英世」だったからだと思います。
わたしは分厚い本を2冊も持っている!って、ものすごく大人の仲間入りをした気分でした。
「野口英世」は読むのに1年近くかかったと思います。母が読めない漢字に仮名をふってくれるのを待ちながら少しずつ読んでいたので。
「若草物語」も時間がかかったような・・・。でも姉妹の物語が自分の家族と重なって、ホントに楽しく何度も何度も読み返したものです。
それから毎年図書券で本を買うのが夏休みのご褒美のようになっていきました。
高価で購入できない本は、図書館の先生にリクエストして購入してもらったこともあったなあ。確かそれで読んだのが「アンネの日記」。

小学生の頃、将来は童話作家になりたいと思っていたものでした。
アンネに感化されたのもありますが、当時のわたしは童話や児童文学が本当に大好きで、特に新美南吉や宮沢賢治に憧れていました。
彼らの作品は鮮やかな情景が浮かんでくる作品ばかり。やさしくて愛情に溢れ、また人間に対する皮肉とも取れる厳しい一面を持った、子どもに向けた作品であるにも関わらず、大人の鑑賞にも応える本物の文学だと思います。
そして挿絵もまた素晴らしいのです。子どもに媚びたような安易な絵付はされていません。対象が子どもだから、に転ばない、一人の人間の感性に訴える、独自の想像力を邪魔せずに個性を育むことが出来るような、そんな挿絵が入った本が多かったのです。
子どもの頃にはそんなことまで感じてはいませんでしたが、いま読み返すとわたしはそのような本が大好きだったなと思います。


今日のブログ記事のタイトルは、新美南吉の「てぶくろを買いに」の中で母狐がつぶやいた言葉です。
この作品は新美作品の中でも有名ですし、ご存知の方も多いことと思います。無邪気で無垢な子狐がホントに可愛らしい。全文暗誦できるぐらい読みましたから、今でも一つ一つのセリフが思い浮かびます。
お母さん狐が子どもの頃に人間に酷い目に遭わされた経験があって、トラウマになってるんですよね。だから自分が町に入るのが怖くて、でも可愛い子狐にはあたたかい手袋を買ってあげたいって思ってる。
心配で仕方がないけれど、子どもに自分で手袋を買いに行かせることにしたお母さんの気持ちはどんなに迷いがあっただろう・・って今は思います。
何も知らない子狐が間違えて狐の手を出してしまったのに手袋を売ってくれた人間に対して「ちっとも怖くなかったよ」って言うんだけど、子どものわたしは、子狐の気持ちで読んでたんだなあ、って思いました。
お母さんの最後のつぶやきの意味なんて考えたこともなかったなあ。

手袋屋さんはお金が本物だったから手袋を売ってあげただけで、相手が狐か人間かなんて関係なかったんだろうな、なんて大人になった今のわたしは思ったりしています。
だけど子狐は手袋屋さんのことをちっとも疑問にも思わず、狐の手を出してしまったのに手袋を売ってくれたよ、怖くなかったよって素直に思ってる。ただ人間のお母さんが優しく子どもを寝かしつけるのを見て、お母さん狐が恋しくなって急いで帰るの。
なんて素直で可愛らしいんだろう。そしてお母さん狐と同じように感じてしまうのです。


ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら。
来月、北京に行くんです*^^*
ずっとずっと行ってみたくて、今回ようやく行けることになりました。

メインディッシュは万里の長城と紫禁城!(←落日付き。ここ重要ポイント・笑)
一番行ってみたいのは、5つの言語で書かれた経文の壁がある居庸関長城なのですが、初めて行くので今回は最もメジャーな八達嶺女坂コースで。

今年の一月、実家から帰る時に乗った飛行機で読んだ「翼の王国」(←超大好きで飛行機に乗ったら必ず熟読してる。会社でも、ANA担当者が持ってきてくれるお土産の中で、これだけはわたしが必ず貰って帰るぐらい好き)に、失われた西夏国の話が掲載されていて、これまた長い間解読されずにいた西夏文字のことについても書いてあったの。万里の長城の入り口に、この西夏文字で書かれた経文があって、これがきっかけで西夏文字の一部が解読されたとか。
あれです。ヒエログリフの解読のきっかけになったロゼッタストーンみたいな感じ?
しかも、年末年始は母と西夏国の話で盛り上がったところだったので、この特集を読んだ時点で「今年絶対北京に行く!」って内心決めてた(笑)

(こちらでバックナンバーを読むことが出来ます。西夏国のことが掲載されているのは2010年1月号)

p-527.jpgそれと4月号の『牽けよ北京』っていう特集。
これも面白くてねー。牽き物が中国のパワーだっていう話。馬じゃなくてロバが牽く車にこだわってて、それも妙に印象に残ってます。ロバさんの牽く台車を探し求めて色んなところウロウロしてる筆者もすごいバイタリティーあるの(笑)
写真も綺麗だし、文章としても面白いところがたくさんあるので「翼の王国」は書店で売っている雑誌なんかよりもずっと楽しめます。
いつの特集か忘れてしまったけど中国の火車の旅や桂林特集もすごく面白かった。
ルーマニアのお針子さん特集やら、いろんな国が特集されてるのに、一番熱くなれるのはアジアの特集です。行きたい行きたい行きたいーーーーー!!って衝動に駆られる。
北京は、上海、杭州に続き3つめの都市。中国は行きたいところだらけなので、もっとお休みが取れるようになったら、内陸部にも旅してみたいです。雲南とか天山山脈とか・・。NHKの特集番組を見ながら一人で妄想旅イメージトレーニングしてます(笑)


あ・・・話が逸れた。失礼。
「翼の王国」一番オススメはお弁当ページ!
何年も続いてるシリーズなんだけど、これは美味しい。普通の人たちの日常のお弁当を紹介しているページなので素朴なんだけど、すごく生き生きしてる。明日からわたしもお弁当作り頑張ろうって励みになるの。
特に玉子焼きがね~。結構な確立でみなさん玉子焼きが入ってて、“キング・オブ・お弁当のおかず”だと思うのね。そして一番個性があらわれてるおかずでもある。これを見るのが毎号楽しみで仕方がない!
他人様のお化粧ポーチを覗くのが楽しいのと感覚がちょっと似ていたりします。
あとは、たぶん最近始まった連載だと思うんだけど、江戸の伝統的な道具を紹介してるページ。なかなか興味深いお道具が登場していて、いますぐ江戸に行きたい!って思っちゃいます。
何月号だったか・・爪切りを紹介してて、ものすごく爪切り欲しくなりました^^;

こんなにお楽しみが満載で“ご自由にお持ち帰りください”っていうんだから、ANAさんてば太っ腹だよ! 「翼の王国」のファンだからANA派っていうのは、結構大きな理由だったり。
p-525.jpg「ほお、めずらしく美人の表紙だなあ」と思って購入した『VoCE』。林志玲(リン・チーリン)やった^^;
わたしの好みとは違うんですけど、化粧っ気の少なめなこういう雰囲気の林志玲は好き。このリップの色、可愛いなあ。
もうちょっとふっくらしてたらなあ。。痩せすぎてて残念なり。
あと、やっぱり好みではない吉川ひなのがすっぴんを公開らしい。もちろん修正入ってるとはいえ、でもやっぱり肌綺麗だなと思う。目元とか。
肌はやっぱり潤いがすべてやと思った。とにかく水分たっぷりな肌は何よりも美しいね。林志玲も「女の子は水でつくられてる」って言っている!1日5リットル飲んでるんだって。すごいな。。

内容はベースメイク物が中心でカタログとしては楽しめます。読むところは少ないので切り取りしたいページもほとんどありません。
内面美人は見た目に勝てるか!とかいう特集で、峰不二子とか浅倉南とか・・なんなん?意味わからん。

もう1冊購入した美容雑誌は『美的』。毎月同じ人が表紙なので変わり映えしない印象。でもVoCEよりはまだ読むところがあったのでマシ。
こちらもベースメイク特集になっていて、内容被っているので食傷気味。
じゃあなんで買ったん?って言われるとモニョモニョ…。マスカラのミニ特集みたいなのが載っていたのでつい^^; 最近はつけまつげの記事も多いんですね。


雑誌は中身によほど興味がないと買いません。ごく稀にジャケ買いはあります(笑)
美容雑誌、ファッション雑誌ともに、何故か菅野美穂が多いです。好きなんかな?(嫌いじゃないけど)
ファッション雑誌をほとんど買わなくなって、その代わり『天然生活』とか『クウネル』あたりの雑誌が好きになった。あんまり買わないですが。台所特集とかに弱い!
わたし上司からクウネルって呼ばれてるらしい。「お腹空いた」か「眠い」としか言わないので(笑) でもね「癒されたい」とか「イラっとする」としか言わない上司に比べたら全然かわいいと思うんだけど!
文具系、カメラ系雑誌も一時期好きで購入していたのですが、特集が似たり寄ったりな物が多いので、立ち読みで済ませるようになってきました。
気になる物がある時だけ購入する。
すると、実はそんなに雑誌は増えないということがわかったのです。すごいね~!成長したよ!
「LIBERTY PRINT 1875-2010 SPRING&SUMMER」
こういう企画のムック本って、読むところはほとんどないし付録もしょーもなぃ・・って買う気がまったく起きないジャンルだったのだけど、このリバティ本は別格でした。
書店で見かけた時は「リバティまで・・・」って内心残念に思ったんだけど、ごめんなさい。謝ります。
この本1,380円というわたしの中では高額商品なのに、十分楽しめた!
野口さん出す価値のある本だと思います。ええ。

一番のポイントは、簡単なソーイングパターンがついてること。
型紙なんてなくても出来そうな、ほんとに簡単なものなんだけど(直線のみで出来てるワンピースとかエプロンとか、バッグとか、ベビー物とか)、こういう簡単なパターンって可愛い生地で作ると俄然!魅力的になるんですよ。めっちゃ可愛いの。わたしも作ろう!って思えるし、実際、ソーイング初心者でも全然難しくない。これが良い。

二番目には、リバティ社のデザイナーさんのお宅拝見。
これまたセンスよろし。英国の優しい時間を感じられる、そして華美にならない花柄の合わせ技。もうセンスがセンスを着てる家って感じ。英国インテリアを目指してるわけじゃないけど、ものすごく参考になります。
そうそう。リバティ柄のダイアリーノートが載ってるんだけど、これがめっちゃ可愛い!!一番上の花柄は、わたしが一番好きな柄なんだよなあ・・・。あれでドール服作ったんだ、、、残り生地で玄関マットもパッチした。このノート欲しいです。ロンドン行きたい(笑)

三番目に読み物ですが、創始者のリバティと芸術家たちとの関係知らなかったよ。そうだったんだ~・・・とか、ウィリアム・モリスのある柄の版権を持ってるのはリバティ社だとか、結構面白く読めました。
日本人がリバティ柄を好きなのは、もともと日本にルーツがあったことも関係してるかもしれないね。柄や生地の手触りは本当にぴったりフィットするもの。

目に楽しく、創作の楽しみもあり、読み物としてもほどよく面白い。1,380円でよくまとまってる内容だと思います。
ちなみに付録のミニトートも、リバティの王道、小花柄が可愛らしいです。裏地もちゃんとついていてなかなかしっかりしています。
お散歩カメラ入れて、お財布入れて、ちょっとした筆記具入れて・・・ってしても余裕あります。生地が上質なタナローン・・ってところまではいかないのは仕方がないとしても、十分なレベルと思う。ロゴがドーン!って入るような品のない物ではないので、おつかいに持って出ても恥ずかしくないです。

わたしはキャスキッドソンよりもシックでウィリアム・モリスよりも軽やかな、リバティ社の花柄の方が好きなので、この本は買ってよかったなって思います。
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